技術伝承は、企業の成長や競争力を維持するために欠かせない取り組みです。ベテラン社員が持つ貴重な技術やノウハウが失われれば、組織全体の生産性や品質にも影響が出る可能性があります。

しかし、実際には「忙しくて時間がない」「何から手をつければいいかわからない」と悩む企業も少なくありません。

この記事では、技術伝承が進まない理由や課題、そして成功させるための具体的な方法を徹底解説します。今すぐできるアクションも紹介しているので、技術力を次世代に確実に伝えるためのヒントをぜひご覧ください。

技術伝承とは：企業の競争力を支える鍵

技術伝承とは、ベテラン社員が持つ貴重な技術やノウハウを、次世代の社員に継承するプロセスです。特に、形式知（マニュアル化できる知識）だけでなく、暗黙知（経験や勘に基づく知識）をいかに伝えるかが重要となります。

技術伝承は、企業の競争力の源泉である技術力を維持し、発展させるために欠かせません。しかし、人材不足や業務の多忙さ、コミュニケーション不足など、様々な課題が存在します。

形式知と暗黙知の分類

技術には「形式知」と「暗黙知」の二つの種類があります。この分類は、技術伝承における課題を理解する上で非常に重要です。

形式知は、マニュアルや手順書などに明文化された知識であり、比較的簡単に共有・伝承が可能です。一方で、暗黙知は、個人の経験や感覚に基づくため、言語化が難しく、伝承に時間と工夫が求められます。

特に暗黙知の伝承こそが、組織の技術力を維持し、他社との差別化を図る上で不可欠な要素です。

技術伝承の言い換えや英語での言い方

技術伝承には、いくつかの言い換えや表現方法があります。例えば、「技能伝承」や「技術継承」という言葉も使われますが、技術伝承とは微妙に意味が異なります。

また、英語では「Technology Inheritance」や「Technology Transfer」と表現されることが多いです。国際的な場面でも使える言葉を理解しておくことで、より広い視野で技術伝承に取り組むことが可能になります。

技能伝承や技術継承との違い

「技術伝承」と「技能伝承」は、目的としては共通点がありますが、その対象や伝え方に違いがあります。

技術伝承は、製造業などの現場で、作業手順や機械操作に関する知識を次世代に伝えることを指します。一方で、技能伝承は、手工芸や伝統芸能など、より体感的なスキルの伝承を意味します。

また、「技術継承」は、これまで蓄積された技術を次世代に受け継ぐことを強調する言葉で、伝承というよりも「引き継ぎ」のニュアンスが強い点が特徴です。

なぜ技術伝承は重要視されているか

技術伝承が重視されるのは、単なる知識の共有だけではなく、企業の持続的な競争力を支えるためです。特に製造業においては、他社に負けない技術力を維持しなければ、経済的な生存を脅かされる可能性があります。

ここでは、技術伝承がなぜ重要なのか、その具体的な理由を解説します。

技術力は企業の競争力の源泉だから

製造業において、製品の競争力は従業員が持つ技術力に支えられています。競合他社よりも優れた技術を持つことができれば、顧客はその技術力に惹かれて製品を選びます。

しかし、技術は自然に受け継がれるものではありません。技術伝承を怠ると、企業が培ってきた競争優位性は簡単に失われてしまいます。

したがって、技術力を維持し続けるためには、意図的かつ計画的に技術伝承を進めることが不可欠です。

属人化によるリスクがあるから

企業内で技術が属人化していることは大きなリスクです。技術が特定の従業員に依存している場合、その従業員が急な休職や退職をした際、技術自体が活用されなくなってしまいます。

さらに、属人化している技術は従業員間で共有されないため、他の従業員がその技術を向上させる機会も失われます。技術の属人化を防ぎ、複数の従業員が技術を共有・研鑽することで、企業全体の技術力向上が図れます。

属人化された技術が失われていくから

技術伝承は、通常ベテラン従業員の退職を想定して行われますが、近年では若手や中堅従業員でも属人化した技術を持っていることが多くなっています。

分業化が進んだ現代の業務環境では、個々の従業員がそれぞれ特定の技術やノウハウを持ち、その技術が共有されないままでは企業に大きなリスクが生じます。また、育児休暇などの長期休暇の取得が一般化する中、技術が属人化したままでは、会社がその技術を活用できなくなる危険性があります。

これからは、定年退職対策に限らず、幅広い従業員に対して技術伝承を進めることが必要です。

属人化解消については、こちらの記事を参考にしてください。

技術伝承が進まない理由と課題

技術伝承がうまく進まない背景には、さまざまな課題が潜んでいます。これらの課題を解決しなければ、技術の持続的な伝承は実現できません。ここからは、技術伝承を阻む代表的な問題を取り上げ、それぞれの課題に対する考察を行います。

人材不足

企業が直面する最大の課題の一つは、人材不足です。特に製造業など技術が必要な業界では、若手人材の確保が難しく、採用しても途中で離職するケースが増えています。

人口構造の変化によって若年層の数が減少し、少ない人材を巡る競争が激化しています。ベテラン技術者が高齢になり、リタイアが増える中、労働力を確保するためには、効率的な技術伝承や働き方改革が求められます。

目先の業務対応に追われる

もう一つの大きな課題は、目の前の業務に追われ、技術伝承のための時間が確保できないことです。特に人材不足の現場では、日々の業務を回すことで手一杯で、計画的な技術伝承に時間を割く余裕がありません。

本来であれば、マニュアルを作成し、OJT（On-the-Job Training）をしっかりと行うべきですが、そのためのリソースが不足しているため、後回しにされがちです。企業のリーダーは、業務と技術伝承のバランスを取る必要があります。

コミュニケーション不足

ベテラン技術者と若手従業員との間のコミュニケーション不足も、技術伝承の進展を妨げる要因です。

ベテラン技術者は、自分が学んできたように「先輩の背中を見て学ぶ」文化が当たり前だと考え、あまり丁寧に教えない傾向があります。一方、若手は忙しい先輩に遠慮して質問することをためらうことが多く、技術伝承が進みにくくなっています。

コミュニケーションを積極的に促進し、互いに歩み寄る文化を育てることが必要です。

OJTの体制が整っていない

OJT（On-the-Job Training）は、技術伝承の重要な手段ですが、その体制が整っていない企業が少なくありません。指導する内容が人によってばらつきがあったり、OJTに割く時間が短かったりする場合、技術伝承が不十分に終わる可能性があります。

技術伝承を計画的に進めるためには、OJTの体制を整え、標準化された指導プロセスを確立することが求められます。

マニュアル作成の難しさ

技術を形式知化するために不可欠なマニュアル作成が難しいと感じている企業も多いです。特に、長年の経験に基づく暗黙知をどのように言語化するかが難しい課題です。

しかし、現代ではテキストだけでなく、写真や動画などを活用した多様なマニュアルの作成方法があります。技術伝承を成功させるためには、適切な手段を用いて、効果的なマニュアルを作成することが求められます。

マニュアルが活用しにくい

せっかく作成したマニュアルが、実際にはほとんど活用されていないという問題もあります。マニュアルが技術の伝承に適していなかったり、内容が更新されていなかったりすると、その価値は大きく低下します。

マニュアルは企業の技術伝承の基盤となるべきものですから、常に最新の情報に保ち、使いやすい形で更新していくことが重要です。

マニュアルの活用やAI活用方法が気になる方は、こちらの記事を参考にしてください。

製造業における技術伝承の課題を解決する方法

製造業における技術伝承は、企業の未来を左右する重要な課題です。しかし、その課題に対して解決策を見出すことは可能です。ここでは、製造業が直面する技術伝承の課題をどのように解決できるのか、その具体的な方法を解説します。

技術伝承に必要な時間を確保

技術伝承を成功させるためには、確実にそのための時間を確保することが不可欠です。事前にスケジュールを設定し、その時間には他の業務を入れないようにすることで、計画的な技術伝承が可能になります。

業務の分担や外注を事前に調整しておくと、効率的に時間を確保することができるでしょう。

技術伝承の時間を短縮

技術伝承に時間がかかることが課題となる場合、その時間を減らすための工夫も効果的です。デジタル技術を活用して、ベテラン従業員が持つ暗黙知を数値化することで、効率的に形式知化することが可能です。

また、マニュアル作成においては、動画ツールなどを活用することで、伝えたいニュアンスをより明確に伝えることができます。

技術伝承が行われない場合のリスクを明確化

技術伝承が進まなかった場合のリスクを可視化し、従業員に認識させることは非常に効果的です。技術の喪失によって製品の品質が低下すれば、業績に悪影響を与え、結果的に従業員自身の収入にも直結します。

また、基幹技術が失われた場合、全社的な生産性の低下も避けられません。これらのリスクを具体的に示すことで、技術伝承の重要性を全員に理解させることができます。

技術伝承を行うことへの評価を向上させる

技術伝承への抵抗を軽減するためには、技術伝承を一つの重要な業務として明確に定義し、それを達成した従業員を適切に評価する仕組みを作ることが重要です。

技術伝承に取り組むことが評価の対象となることで、従業員はモチベーションを高め、技術伝承に積極的に取り組むようになるでしょう。

技術伝承を進める方法5STEP

技術伝承は単なる知識の共有ではなく、企業の未来を左右する重要な戦略です。特に技術力を支えるベテラン社員の知識を、次世代に効率的に伝えることは企業の競争力を維持するために不可欠です。

ここでは、技術伝承をより効果的に進めるための具体的な5つのステップを紹介します。

1.技術伝承の重要性を理解する

技術伝承が企業の成長と存続にどれだけ重要かを、全従業員にしっかり理解してもらうことが最初のステップです。

ベテラン従業員の知識やノウハウは、企業の経営資源であり、それを次世代に伝えることでさらなる技術革新が可能になります。特に経営層は、技術伝承を戦略的な取り組みとし、全社的に推進する姿勢を示す必要があります。

2.技術の可視化を行う

ベテラン従業員が持つ技術やノウハウは、頭の中にあるだけでは伝えることができません。それを「見える化」することで、他の従業員が学びやすくなります。

特に、暗黙知と形式知を区別し、言葉や図、写真などを使って表現することで、理解がしやすくなります。具体例や実物を使って、目に見える形で技術を共有しましょう。

3.技術の整理

可視化された技術を全体的に整理し、どの技術を優先して伝承すべきか検討することが重要です。この作業は、ベテラン、中堅、若手が一緒に行うことで、技術の意義をより深く理解する機会にもなります。

技術の本質が変わらない限り、関連情報を整理し、未来に向けた技術の改良や発展を視野に入れることが求められます。

4.マニュアル整備

マニュアルは技術を後世に伝えるための重要なツールです。既にマニュアルが存在する職場では、内容がわかりやすく整理されているか見直し、技術伝承のために必要な内容を追加します。

また、これまでマニュアルがなかった場合でも、この機会に新たに作成することで、従業員が自律的に行動し、作業の質を向上させることができます。

マニュアル作成のコツや効率化の方法が気になる方は、こちらの記事を参考にしてください。

5.OJT体制の整備

マニュアルを基にしたOJT（On-the-Job Training）を通じて、技術を実際の作業の中で伝承する体制を整えることが重要です。

時間や人員が限られていても、少しずつでも技術を伝える場を設ける工夫が必要です。経営層は、OJTの進め方を明確に指示し、技術伝承が進むための体制を整えるべきです。

技術伝承を成功させるための3つのポイント

技術伝承を成功させるためには、単なる技術の引き継ぎではなく、コミュニケーションや継続的な改善が欠かせません。

ここでは、技術伝承を円滑に進め、さらに向上させるための3つのポイントを紹介します。これらを実践することで、技術伝承を効果的に進め、次世代に確実に技術を継承することができます。

1.熟練者と若手の意思疎通

技術伝承の基本は、ベテラン従業員と若手従業員の間で円滑な意思疎通が行われていることです。ベテラン従業員は、自分が当たり前に理解していることが若手にも伝わると思いがちですが、実際には理解できていないことも多々あります。

技術伝承を成功させるためには、ベテラン従業員が簡単な言葉や具体的な例えを使って説明し、若手従業員も積極的に質問を行うことで、お互いに遠慮せずコミュニケーションをとることが重要です。

2.画像や動画の活用

文字や口頭の説明だけでは伝わりにくい情報も、画像や動画を使えば簡単に伝えることができます。スマホやタブレットが普及している今、技術伝承においても視覚的な情報を積極的に取り入れるべきです。

例えば、色の違いや物の動き、振動の強さなど、言葉では説明しにくい要素を動画で撮影して記録することで、後輩従業員が実際に現場で体感できる情報を共有することが可能です。

3.改善を続けていく

マニュアルが完成し公開された後も、業務の改善は続けるべきです。業務の進行中に発生する新たな気づきやイレギュラーな対応事例を随時マニュアルに反映し、常に最新の情報を共有する体制を作ることが重要です。

定期的にマニュアルを見直し、更新し続けることで、業務の効率化や生産性の向上を目指し、従業員間の情報共有をスムーズに進めることができます。

技術伝承の取り組みが成功した企業の事例

技術伝承は、ただ技術を次世代に伝えるだけでなく、企業の成長と革新を促進する重要な要素です。

ここでは、技術伝承に取り組み、見事に成功した2つの企業の事例を紹介します。これらの企業は、ベテラン社員の技術を効果的に次世代に伝え、同時にイノベーションを実現しています。

技術伝承の成功事例①ートヨタ自動車

トヨタ自動車では、「初代クラウン・レストア・プロジェクト」を通じて、世代を超えた技能伝承を成功させました。このプロジェクトは、ベテラン技能者と若手社員が協力して車両の復元作業を行うもので、技術の復活と次世代への伝承を同時に達成した取り組みです。

具体的な取り組み内容はこちらです。

• 素形材技術部での技能伝承：ベテランのシニア・エキスパート（SX）やエキスパート（EX）が、若手社員に鋳造技術や部品製作のノウハウを直接指導。
• 失われた技術の復活：若手社員が亜鉛合金の砂型鋳造など、社内で一度失われた技術を習得し、復活させました。
• 問題解決能力の向上：若手社員が作業中の問題に対し、試行錯誤しながらベテランのアドバイスを受け、解決策を見出しました。
• 総合的なモノづくり経験：若手社員が設計から製作まで一貫して携わることで、総合的なモノづくりのスキルを習得。

このプロジェクトを通じて、トヨタ自動車は技能伝承の重要性を再認識し、ベテランと若手の双方が技術力を向上させることに成功しました。

参照元：第7回　若手の活躍と、世代を超えた技能伝承│トヨタイムズ

技術伝承の成功事例②ー株式会社資生堂

資生堂では、100年以上の研究開発の蓄積と最先端のAI技術を融合させ、革新的な技術伝承を実現しています。以下の資生堂の取り組みは、デジタル技術を活用した次世代の技術伝承のモデルケースとなっています。

• 独自のデジタルプラットフォーム「VOYAGER」の開発：処方開発AI機能を搭載したプラットフォームを開発し、2024年から本格稼働。
• 膨大な研究知見のデータベース化：50万件を超える研究知見やノウハウをデータベース化し、AIと融合させることで、技術伝承を効果的に実現。
• イングリディエント・インフォマティクスの活用：原料の特性や組み合わせ効果をAIが総合的に学習し、新しい製品の開発に役立てています。
• 異なる専門領域の技術の融合：スキンケアとクレンジング製剤の技術を組み合わせ、新たな製品開発に成功。
• グローバル展開：この取り組みを海外の研究拠点にも展開し、技術伝承のスピードを加速。

資生堂の事例は、デジタル技術と人の知恵を組み合わせることで、次世代に技術を伝承しながら革新を生み出す成功モデルとなっています。

参照元：資生堂、100年にわたる研究の蓄積と先進AI技術を融合し共創から生まれる革新的な化粧品開発の新時代へ | 株式会社資生堂のプレスリリース

まとめ

技術伝承は、企業の成長と競争力を支える重要な取り組みです。ベテラン社員の技術やノウハウを次世代に効果的に伝えることができなければ、企業は技術の喪失というリスクに直面します。

今回紹介したように、技術の可視化やOJT体制の整備、デジタル技術の活用などを駆使すれば、技術伝承をスムーズに進めることができます。さらに、マニュアルの整備や意思疎通を促進することで、持続的に技術を伝え続ける体制を作ることができます。

技術伝承が成功している企業の事例からも分かるように、技術は次世代に引き継ぐべき貴重な財産です。今こそ、自社において技術伝承の計画を立て、実行に移しましょう。最初の一歩を踏み出すことで、企業の未来を確固たるものにすることができます。

まずは、現在自社で行われている技術伝承の状況を見直し、改善が必要なポイントを洗い出してみましょう。